介護をしていると、「こんなことを思ってはいけない」と自分を責める瞬間がある。
介護に悩む人疲れた、逃げたい、もう限界!
そういう感情を、どこにも出せないまま飲み込んでいた人は少なくないはず。
そんなとき、同じ経験をした人が公の場で本音を語っている動画を見ると、不思議なほど気持ちが楽になることがある。
今回紹介するのは、31歳から16年間、認知症の母親をワンオペで介護してきた石橋和美さんが出演したABEMA Primeの3本の動画だ。
- 石橋和美さんがアベプラで語った、介護中の葛藤と限界のリアル
- 16年の介護を終えた後に訪れる「介護ロス」とは何か
- 介護は終わっても終わらない——その後に残るものとは
- 認知症介護をひとりで担う人が、日本にどれだけいるか
石橋和美さんについて


31歳のときに母親がアルツハイマー型認知症と診断され、そこから16年間、ほぼひとりで在宅介護を続けてきた女性。
その経験をABEMA Primeで複数回にわたって語っている。
介護の「美談」ではなく、怒りや限界、諦め、そして介護が終わった後の喪失感まで、飾らない言葉で話してくれる。
だからこそ、多くの介護者に刺さる。
動画① 31歳から始まった介護の葛藤(2023年5月公開)


▶ 【晩婚】親との価値観の違いに苦悩?ヤングケアラー対策は?31歳から認知症の母を介護する当事者|アベプラ
介護が始まったのは31歳。
本来ならキャリアや結婚に向き合う時期に、介護という現実が降りかかった。
- 周囲が自分の人生を歩み始める中、自分だけが「閉ざされた家」に縛られていく孤独感
- 親の価値観と自分の価値観のぶつかり合い
- 「これはいつ終わるのか?」という、終わりの見えない不安
ヤングケアラーという言葉が世に広まる前から、その現実を生きてきた人の言葉は重い。
この回を見たとき、私はまだ母の在宅介護の真っ最中だった。
石橋さんのお母さんと比べると、うちの母はまだ手がかからない方かもしれない——そう思いながら見ていた。
でも同時に、「これはたぶん、少し先の未来図だ」とも感じていた。
認知症は進行する。今は違っても、いつかは同じ場所に立つのかもしれない。
そういう複雑な気持ちで画面を見ていた。
動画② 15年目のワンオペ、限界と社会の壁(2023年10月公開)


▶ 【認知症介護】親の介護から逃げちゃダメ?15年のワンオペで諦めが?|アベプラ
介護15年目。
心身ともに摩耗しきった状態で語られる言葉には、怒りも悲しみも通り越した「諦め」に近い何かがある。
- 施設に預けることへの罪悪感
- 「親を捨てるのか」という世間の目、使いたくても使いにくい福祉制度の壁
- ヘルパーやデイサービスを利用しても、24時間365日の介護をカバーしきれない現実
「逃げ場のない介護」という言葉が、この回を見ると腑に落ちる。
動画①と同じく、「少し先の自分」を見ているような感覚があった。
15年目の石橋さんの顔には、怒りや悲しみとは少し違う、何か乾いたような表情があった。
あそこまで来るのに、どれだけのものを削ってきたのか?
他人事とは思えなかった。
「親を捨てたい」と思う感情は、介護する側からしたら全く違和感なく生まれてくるものだと思う。
むしろそう感じるのは、それだけ限界まで追い詰められているということだ。
その感情が出てきたとき、それは自分が壊れかけているサインだと受け取ってほしい。
私も石橋さんがそう発言してるのを聞いて、同じ気持ちを持っている自分が間違っていないと思えた。
動画③ 16年を終えて——介護ロスと社会復帰の現実(2026年4月公開)


▶ 【介護その後】16年の介護生活 認知症の母と別れた先…第二の人生でつまずく人も|アベプラ
お母様と離れ、16年ぶりに「自分のための時間」が戻ってきた。
では、そこからが幸せな第二の人生か——というと、そう単純ではない。
長年、介護を中心に生活を組み立ててきたため、いざ自由になっても「何をすればいいかわからない」という喪失感(介護ロス)が押し寄せる。
さらに、16年というブランクを抱えて社会に戻ろうとする際の、現実的な壁。
介護は「終われば解決」ではない。
終わった後にも、新しい課題が待っている。
この回で、ひとつの場面がずっと頭に残っている。
石橋さんが座っている場所が、お母さんがいつもよく座っていた場所だったのだ。
ご本人が意識してそこに座ったのか、無意識なのか、わからない。
でも、その一場面に、介護が終わった後の複雑さが全部詰まっているような気がした。
嫌悪感を持つこともあった相手でも、16年間ずっとそこにいた人がいなくなる。
その喪失感は、きれいな悲しみじゃないかもしれない。
でも確かに、穴が空いた感じがするんだろうと思った。
もうひとつ、気になった言葉がある。
「この家は私の家じゃない」——石橋さんはそう言っていた。
だから片付けもできない、と。
画面越しに見える部屋の様子は、正直、かなり荒れていた。
でも今は現実として、その家は石橋さんの家だ。
残された物を処分して、自分の空間として作り直せばいい——と外から見れば思う。
ただ、それができないのかもしれない。
捨ててしまえば、16年間そこにいた人の痕跡も消える。
嫌だった記憶も、それでも続けてきた時間の証明も、全部一緒に消えてしまう気がするのかもしれない。
介護は、終わった後も片付けや処分や喪失の処理という形で、介護者の時間と手間を奪い続ける。
そこまで含めて「介護」なのだと、改めて思った。
3本の動画で感じたこと


石橋さんの言葉が多くの人に届く理由は、きれいごとを言わないからだと思う。
介護を「美談」にしない。
生活のリズムだけじゃなく、思考まで。
私自身、いつの頃からか「生きてるって何だろう」と考えるようになった。



老後のために今を我慢して生きるのが、なんだかばかばかしく思えてきた
加齢のせいなのか、介護の6年間がそういう思考を作り上げたのか・・
解放されたくて、逃げたくてしかたなかった介護・・・それが生活の軸になって長い年月が経つと——介護する前の自分が持っていた日常も、どこかに持っていたはずの夢も、気づいたら取り戻せない場所へ行ってしまっている。
失ったものの中で、一番重いのは時間だ。
お金も体力も、なんとか取り戻せるかもしれない。
でも時間だけは、絶対に戻らない。
そしてもうひとつ、介護を続ける中でずっと心のどこかにあった実感がある。
認知症になってまで生き続けることは、本人にとっても、介護する側にとっても、誰も幸せじゃないんじゃないか——という気持ちだ。
綺麗事じゃないのはわかっている。
でも6年間、目の前で見続けてきた人間の正直な実感として、ここに書いておきたい。



このブログを読んでくれているあなたは、今まさに「親を捨てたい」と思っているかもしれない
それは異常じゃない。冷たい人間でもない。ただ、限界が来ているというサインだということ。
その感情が出てきたとき、どうか自分を責めないでほしい。
数字で見る、認知症介護の現実


石橋さんのような介護者は、決して特殊ではない。
厚生労働省の2022年国民生活基礎調査による在宅介護の主な担い手
- 配偶者(22.9%)
- 子(16.2%)
- 子の配偶者(5.4%)
その約7割が女性だ。
要介護になった原因の第1位は認知症(23.6%)であることを考えると、この数字の中に認知症介護をひとりで担う家族が相当数含まれている。


介護者の年齢も見えてくる。
同居の介護者の60歳以上が約8割——つまり高齢者が高齢者を介護する「老老介護」が当たり前になっている。
若い世代が親の介護を担う場合は、仕事との両立という別の重さが加わる。
総務省の調査では、仕事をしながら介護をしている人は約365万人にのぼり、そのうち2022年の1年間だけで約10万6,000人が介護を理由に離職している。
介護離職した人の約8割が女性というデータもある。
キャリアを手放し、収入を失い、社会とのつながりが細くなっていく——
それが石橋さんに限らず、多くの介護者が歩んできた道だ。
体の病気なら、回復という希望がある。介護にやりがいを感じられる瞬間もあるかもしれない。
遺産が見込めるなら、「いつかその日が来る」というモチベーションにもなる。
介護という行為の、ある種の対価として。
でも認知症の介護には、その両方がない場合が多い。
回復はなく終わりも見えないし、そしてお金もないのが現実
私の母の場合、ひと月の年金額が介護費用として右から左へ流れていった。
手元には何も残らない。それでも介護は続く。
そういう現実が、介護者を静かに、でも確実に追い詰めていく。
だからこそ、言いたい。



認知症の介護を、ひとりで抱え込んで続けるもんじゃない!!
消耗しきる前に、施設や専門家に頼る選択肢をして、制度をフル活用してほしい。
それは逃げじゃない。自分の人生を守る、当然の権利だ。
孤独に感じていても、同じ場所に立っている人はたくさんいる。ただ、お互いの顔が見えないだけだ。
最後に・・


私自身、約6年間の在宅介護を経て、2026年2月に母を特別養護老人ホームへ送り出した。
石橋さんの動画を見たのは、まさに在宅介護中のころだ。
16年と6年、年数は違う。
でも、感じてきたことの輪郭は、驚くほど似ていた。
過去2本は「少し先の未来図」として見ていたものが、最新の回では「自分が向かう場所」として映った。
介護が終わった後に何が待っているのか、石橋さんはその答えを知っている数少ない人だ。
親を捨てたいと思うようになっていたら、それは介護の限界がきているという証拠
- 石橋さんは介護中の葛藤・限界・諦めを、きれいごとなしに公の場で語った
- 介護ロスとは単なる喪失感ではなく、「自分のために生きる」感覚を取り戻せない状態のこと
- 介護は終わっても、片付け・処分・喪失の処理という形で介護者を縛り続ける
- 在宅介護の主な担い手は配偶者・子が中心で約7割が女性——孤独に見えても、同じ場所に立つ人は多い
介護をしている人、していた人、これからする人——石橋さんの言葉は、どこかのフェーズできっと刺さると思う。
お時間があればぜひ見てみてほしい。
