夫の実家で、介護が本格的に始まろうとしている。
義母は90代。
認知症の薬はかなり前から飲んでいたけれど、症状の進みはゆっくりだった。
でも最近、いよいよ症状が顕著になってきたらしい。
夫のきょうだいは4人、皆アラウンド還暦。
6年間、ずっとひとりだった

ひとりっ子で、母の認知症介護を6年やった。
きょうだいもいない、頼れる人もいない。
「大変ね」「気の毒に」という言葉をたくさんもらった。
でも正直に言うと、その言葉がいちばんしんどかった。
同情って、やさしさのふりをした距離感だ。
「あなたのことは、私には関係ない」という意思表示でもある。
今になって思う。
同情する側と、される側。
本当に気の毒だったのは、どちらだったのだろう?
ひとりっ子ときょうだい有り、何が違うのか?

「きょうだいがいると大変」とよく聞く。
でも「ひとりっ子も大変」という話はあまり聞かない。
どっちが大変か、ではなく、消耗の質が違うのだと思う。
- きょうだい有りは「人間関係で消耗」する
- ひとりっ子は「孤独と重さで消耗」する
整理するとこうなる。
| ひとりっ子 | きょうだい有り | |
|---|---|---|
| 意思決定 | 自分一人で決められる/速い | 全員の合意が必要/揉めやすい |
| 役割分担 | 全部自分/逃げ場なし | 分担できる/でも押し付け合いも |
| 精神的逃げ場 | 「私ばっかり」と言える相手がいない | 愚痴を言い合える相手がいる |
| 費用負担 | 全額自分(または夫婦) | 分担できる/でも不公平感が出やすい |
| 達成感 | 全部自分でやった感が残る | 薄まりやすい/誰の手柄?問題 |
| 情報収集 | 自分で動くしかない→詳しくなる | 誰かがやってくれる→人任せになりやすい |
| 施設入所の判断 | 自分で腹をくくれる | 「施設に入れるなんて」と反対者が出やすい |
| 介護後の後悔 | 「あの時ああすれば」は自分だけに向く | きょうだい間で責任の押し付け合いになりやすい |
| 緊急時の対応 | 全部自分に連絡が来る/24時間対応 | 連絡網がある/でも誰が動くか問題 |
| 配偶者への負担 | 配偶者を巻き込みやすい | 分散するが、配偶者間の温度差も出る |
どちらが「ラク」かは一概には言えない。
だってずっと今までひとりっ子として生きてきたのがから、ああまた一人でやらなきゃスイッチが入るんですよね。
兄弟がいると、まず「誰がやるか」で消耗する

通帳がない、という話も出てきた。
でもそれより先に、誰がどう動くかという交渉が始まっている。
きょうだいが多いと分担できる、というのは本当だ。
でもその前に、分担の交渉が発生する。
- 兄弟・姉妹の人数分、意見や事情があるのは当たり前
- 介護の分担という、ネガティブな相談で意見が分かれるのも当たり前
温度差がある。それぞれの配偶者という変数もある。
いいぞ、揉めろ、と思っている。
ほら見たことか、正直に言うとそう思っている。。
ひとりっ子には、揉める相手がいなかった

夫は協力してくれた。それは本当だ。
でも、当事者ではなかった。
一緒に動いてくれる場面もあった。
でも最終的な責任は私にある。
何かハプニングでもあれば後から夫は知った顔して、「あの時ああすればよかったんじゃないの?」とか言ってくる。
協力者と当事者の間には、見えない段差がある。
私には、押し付ける相手がいなかった。
「あの人がやってくれるから」と思える相手も、「私ばっかり」と言える相手も。
- ずっとひとりっ子だったからその環境が当たり前な感覚
- 手伝ってと言える相手が欲しい
夫婦間でときおり衝突しながら、それでも全部自分で決めてきた。
特養を探して、申し込んで、入居まで持っていった。自力で。
夫と揉めたりしたけど、誰かに責任を押し付けた記憶はない。
当事者になって分かること

認知症は、100人いたら100通りだと思う。
昨日まで出来ていたことが、今日突然できなくなる。
症状の出方も、進み方も、人によって全然違う。
義母のように、90代までゆっくり進む人もいる。
介護する側だって、それぞれ違う生活があって、違う環境がある。
アラ還で、これから、というときに。
介護って、人生を消耗する。
それは、当事者になってはじめてわかることだ。
「大変だったね」も「気の毒に」も、外側からじゃ本当のところはわからない。
これから夫のきょうだいたちも、身をもって知っていくことだと思う。
私が6年かけて知ったように。
「気の毒に」の、本当の意味

認知症介護をしている人を見て「気の毒に」と思う気持ち、わかる。
でも私が6年間抱えていたのは、可哀想な母を支える健気な娘の話じゃない。
大好きだった母が、少しずつ変わっていった。
昨日まで出来ていたことが出来なくなって、知っているはずの顔が知らない顔になっていく。
その過程で、私の中に憎しみに近い感情が生まれた。
大嫌いになった時期もあった。
「気の毒に」と言える人たちは、そこまで知らない。
介護の仕事をしてた人でも、いざ親を介護するとなると全く違うと言うこともある。
きれいな部分だけ見て、同情して、他人事でいた。
「気の毒に」、本当の意味は当事者になれば、わかる。
介護は、愛情だけじゃ語れない。
