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【プロフィール】認知症の母を特養に入れるまでの6年間|在宅介護の限界と介護うつを経験して

認知症の母の介護記録 特別養護老人ホーム入居までの6年

はじめまして、あきなです。

50代、横浜市に住んでいます。

このブログを書こうと決めたのは、 自分の記録のためでもあり、 どこかで同じ思いをしている人に届けばという気持ちからでもあります。

あきな

私は6年間、認知症の母を自宅で介護しました

母は今、特別養護老人ホームに入居しています。

振り返ってみると、何が何だかわからないまま過ぎていった時間でした。

目次

認知症の経過|診断から特養入所まで6年間の記録

認知症の経過|診断から特養入所まで6年間の記録

まずは母が認知症の診断から特養入所まで、振り返るとこんな流れでした。

年齢出来事
79歳アルツハイマー型認知症と診断
81歳要介護1 認定
82歳要介護2 認定
82〜83歳徘徊が始まる
83歳デイサービスの利用開始
83歳要介護3 認定
84歳特別養護老人ホームに入所

当時は毎日必死で、長かったような、あっという間だったような、不思議な感覚があります。

今でもなんとなく、襖を開ければそこにいるような気がするときも・・

認知症の診断|加齢による物忘れなのか?

認知症の診断|加齢による物忘れなのか?

母の様子が変わり始めたのは、78歳の頃です。

  • 物忘れが少し増えてきた
  • 同じことを何度も言う

でも最初は、「年をとればこんなものかな?」と思っていました。

加齢による物忘れなのか、はたまた認知症なのかは、検査をすればわかること・・

精神科を受診しMRIで検査をした結果、 医師から「アルツハイマー型認知症です」と告げられました。

正直、そのときはまだ実感がありませんでした。

大変さを想像する言葉を、まだ持っていなかったのだと思います。

認知症の徘徊|母は6年間で7回いなくなる

認知症の徘徊|母は6年間で7回いなくなる

徘徊が始まったのは、82〜83歳の頃です。

母はこれまでに、合計7回、家からいなくなりました。

  • 3回 警察に連絡して捜索をお願いし発見
  • 4回 家族やデイサービスの方に協力していただき発見

見つかるたびにホッとして、 でもまた次の日には「またいなくなるかもしれない」という不安やイラ立ち・・

その繰り返しでした。

途中からGPSカードを財布に入れるようにしました。

それでも安心できたかといえば、正直そうでもなくて。

「GPSを持っていても、見つかるまでの時間が怖い」という気持ちは、ずっとありました。

認知症の排泄|オムツ生活の始まり

認知症の排泄|オムツ生活の始まり

認知症が進むと、排泄の問題も出てきました。

ある日、母が布団から起き上がれなくなりました。

母は変形性膝関節症があり、痛みで動けなかったのだと思います。

気づいたときには、母は布団の中で糞尿にまみれた状態になっていました。

しかも、本人にはその自覚がありません。

私は発狂しながら、濡れたタオルで拭いて済むような状態ではなく、お風呂に連れていき、全身を洗うことになりました。

敷布団は粗大ゴミとなり、ラグも処分し、畳にもふん尿が染み込んでしまいました。

この出来事をきっかけに、母にはオムツを履かせるようになりました。

認知症介護が大変な理由|「身体が元気」だからこそ目が離せない

認知症介護が大変な理由|「身体が元気」だからこそ目が離せない

以前、介護の仕事をしている知人が言っていました。

「身体が元気な認知症が一番大変なんだよ」

最初に聞いたとき、少し意外でした。

動ける方が、いいんじゃないかと思っていたから。

でも母の介護をするうちに、その言葉の意味がわかりました。

母は自分で歩けました。

玄関を開け、 どこへでも行けました。

血液検査をしても、特に問題はなく、いわゆる「外ヅラ」が良いタイプなのです。

介護うつ|母の姿に、自分の老後が重なって滅入った

介護うつ|母の姿に、自分の老後が重なって滅入った

認知症の介護は、体力的にも精神的にもきつい。

でも私が一番しんどかったのは、体でも睡眠でもなく、 自分の中に生まれてくる感情でした。

母を見ながら、 「私は今、母のことが嫌いになっている」 そう気づいてしまう瞬間がありました。

ニュースで介護の事件を見たとき、 「仕方ないよね」と思ってしまった自分もいます。

そしてもうひとつ、誰にも言えなかったことがあります。

母の姿を見ていると、 自分が老いた先の姿が重なって見えることがありました。

「私も、いつかこうなるのかな?」

そう思った瞬間、どうしようもない気持ちになって。

あきな

介護どころか、自分の将来が怖くなって、滅入ってしまう

これが介護うつというものなのか・・

ただ毎日、重い気持ちを抱えながら、 それでも母の介護を続けていました。

許されないことだと、頭ではわかっています。 でもそう思ってしまった。

認知症介護は、本当に紙一重のところがある。 そのことを、私は身をもって知りました。

横浜市の特別養護老人ホームに申し込む|港南区の申込受付センターに行った話

横浜市の特別養護老人ホームに申し込む|港南区の申込受付センターに行った話

在宅介護の限界を感じて、 特別養護老人ホームを申し込むことにしました。

横浜市で特養への入所を申し込む場合、 横浜市港南区にある「特別養護老人ホーム入所申込受付センター」で手続きを行います。

市内に住んでいても、このセンターの存在を知らない方は多いと思います。

私もケアマネージャーさんに教えてもらうまで、知りませんでした。

申し込んだのは5か所。

そのうち3か所で、見学と面談をしました。

面談では、下記のことなどを正直に話しました。

  • 母の状態
  • 徘徊や排泄こと
  • 家での暮らし
  • 私と夫の状況
横浜市 特別養護老人ホーム入所申込受付センター
画像元:横浜市 特別養護老人ホーム入所申込受付センター

横浜市で特養への入所を検討している方は、 まずこのセンターに相談することをおすすめします。

横浜市 特別養護老人ホーム入所申込受付センター 所在地と電話番号 045-840-5817
画像元:横浜市 特別養護老人ホーム入所申込受付センター

認知症介護をしているあなたへ|「自分だけじゃなかった」と思える場所にしたい

認知症介護をしているあなたへ|「自分だけじゃなかった」と思える場所にしたい

これから少しずつ、6年間のことを書いていこうと思っています。

  • 認知症の初期症状
  • 徘徊と排泄
  • GPSカードのこと
  • デイサービスだけで月21回通った日々
  • 施設の見学と面談、そして入所までの流れ

きれいごとじゃない部分も、できるだけ書きます。

「こんな気持ちになるのは自分だけじゃないか?」と思うことが、きっとあると思います。

私もそうでした。

介護うつという言葉があるように、 多くの介護者がその状態を経験しているのだと、今は思います。

このブログが、「自分だけじゃなかった」と思える場所になれたら、 それだけで書いた意味があります。

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この記事を書いた人

要介護3認知症の母を6年間自宅で介護
徘徊・糞尿・夫とのギクシャクに限界を感じ、母を特別養護老人ホームに入居する決意をし、無事入居へとつながった
現在は、子ども2人は独立し・夫と2人暮らし

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